
人材育成を任されたものの、「何から手をつければよいか分からない」「研修は実施しているが、現場の行動が変わらない」と悩む担当者は少なくありません。
こうした悩みを整理するときに役立つのが、人材育成のフレームワークです。フレームワークを使えば、育成課題の分析から目標設定、学習方法、効果測定までを一定の型に沿って検討できます。
ただし、1つのフレームワークですべての課題を解決できるわけではありません。重要なのは、自社が育成プロセスのどこで困っているかを見極め、用途に合うものを選ぶことです。
本記事では、人材育成に役立つ代表的なフレームワークを用途別に紹介します。目的別の選び方や組み合わせ例、形骸化を防ぐポイントも解説するため、自社の育成施策を見直す際にお役立てください。
人材育成のフレームワークとは
「人材育成の方針が担当者によって変わる」「研修と評価がつながっていない」と感じる場合、育成の全体像が整理されていない可能性があります。
人材育成を仕組みにするには、次の3点を押さえる必要があります。
- 育成の考え方や進め方を整理する「型」
- フレームワークが必要とされる理由
- 育成体系・人材育成計画との違い
ここでは、フレームワークの役割と、ほかの育成施策との関係を整理します。
育成の考え方や進め方を整理する「型」
人材育成のフレームワークとは、育成に必要な情報や手順を整理するための「型」です。
人材育成では、目指す人材像を定めるだけでは不十分です。現状との差を確認し、育成目標、学習機会、評価方法まで一貫して設計する必要があります。しかし、検討項目をゼロから洗い出すと、担当者によって抜け漏れが生じやすくなります。
フレームワークを使うと、複雑な育成課題を次のような工程に分けられます。
- 課題を分析する
- 必要な人材像やスキルを定める
- 育成目標を設定する
- 学習方法を設計する
- 育成効果を評価する
フレームワークは答えそのものではありません。自社の状況を整理し、関係者が同じ視点で話し合うための共通言語です。
フレームワークが必要とされる理由
フレームワークが必要とされる理由は、属人的な育成から脱却しやすくなるためです。
育成の進め方が定まっていない組織では、指導内容や評価基準が上司ごとに変わります。熱心な指導者がいる部署では人が育つ一方、忙しい部署ではOJTが後回しになるといった差も生まれます。
フレームワークを導入すると、育成に必要な観点をそろえられます。たとえば、研修の効果が出ないときも、受講者の意欲だけを原因にせず、業務環境、上司の支援、目標設定、評価方法などを分けて確認できます。
その結果、育成担当者は「とりあえず研修を増やす」のではなく、課題に合う施策を選びやすくなります。
育成体系・人材育成計画との違い
フレームワーク、育成体系、人材育成計画は役割が異なります。
| 用語 | 主な役割 | 具体例 |
|---|---|---|
| フレームワーク | 課題を整理し、判断するための型 | SMART、カッツ理論、経験学習モデル |
| 育成体系 | 全社の育成方針や施策の全体構造 | 階層別研修、職種別研修、OJT制度 |
| 人材育成計画 | 対象者・期限・施策・担当者を定めた実行計画 | 年間研修計画、部門別育成計画、個人育成計画 |
たとえば、カッツ理論で管理職に必要なスキルを整理し、その結果を階層別の育成体系へ反映します。さらに、対象者、研修内容、OJT、期限、評価方法を人材育成計画へ落とし込みます。
つまり、フレームワークは育成体系や計画を設計するための道具です。3つを同じものとして扱わないことで、検討と実行を分けて進められます。
人材育成に役立つフレームワーク【比較表】
「有名なフレームワークをすべて導入したほうがよいのか」と迷うかもしれません。しかし、選ぶべきものは、自社の課題と利用する場面によって変わります。
代表的なフレームワークは、次の5つの用途に分けると選びやすくなります。
- 課題を分析する
- 人材像とスキルを整理する
- 育成目標を設定する
- 学習方法を設計する
- 育成効果を評価する
まずは全体像を比較し、その後に各フレームワークの使い方を確認しましょう。
| フレームワーク | 主な目的 | 使う場面 | 向いている課題 | 注意点 |
|---|---|---|---|---|
| HPI | 成果や行動のギャップを分析する | 育成施策を決める前 | 研修で解決すべきか分からない | 原因分析をせず研修ありきにしない |
| 氷山モデル | 行動の背景要因を整理する | 面談、能力開発、配置検討 | 知識はあるのに行動できない | 見えない要因を決めつけない |
| カッツ理論 | 管理職に必要なスキルを整理する | 階層別育成の設計 | 管理職像が曖昧 | 役職だけで機械的に分類しない |
| SMART | 目標を具体化する | 育成目標の設定 | 目標が抽象的 | 達成しやすさだけを優先しない |
| 思考の6段階モデル | 学習目標の深さを定める | 研修設計、テスト設計 | 「理解する」で止まっている | 上位段階が常に優れているとは限らない |
| 70:20:10 | 学習機会の配分を考える | OJTと研修の組み合わせ | 研修偏重になっている | 数字を固定比率として扱わない |
| 経験学習モデル | 経験を学びへ変える | OJT、1on1、振り返り | 経験させるだけで終わる | 振り返りと再実践が必要 |
| カークパトリックモデル | 育成効果を段階的に評価する | 研修の設計・評価 | 満足度しか測っていない | 業績との因果を断定しない |
課題を分析する|HPI・氷山モデル
育成施策を決める前に原因を整理したい場合は、HPIと氷山モデルが役立ちます。
HPI(Human Performance Improvement)は、望ましい成果と現状の差を捉え、その原因と介入策を検討する考え方です。国際的な専門団体ISPIも、HPIの介入には研修だけでなく、非研修の施策が含まれると説明しています。
たとえば、営業担当者の提案力が低いという課題があっても、原因が知識不足とは限りません。必要な情報へアクセスできない、上司のフィードバックがない、評価制度が行動を後押ししていないといった可能性もあります。この場合、研修だけを追加しても十分な改善は見込めません。
氷山モデルは、表面に見える知識・スキル・行動と、その下にある価値観、動機、自己認識などを分けて考える際に使われます。面談で本人の考えを確認するときや、行動できない背景を仮説として整理するときに有効です。
ただし、見えない要因を人事や上司が一方的に決めつけてはいけません。観察事実と本人との対話を組み合わせて確認しましょう。
必要な人材像とスキルを整理する|カッツ理論
階層別の人材像や管理職育成を考える場合は、カッツ理論が使いやすい枠組みです。
カッツ理論では、管理者に必要なスキルを次の3つに分類します。
- テクニカルスキル:担当業務を遂行するための専門知識や技術
- ヒューマンスキル:他者と協働し、対話や調整を進める力
- コンセプチュアルスキル:物事の全体像や関係性を捉え、課題を概念化する力
一般に、現場に近い管理職ほどテクニカルスキルの比重が高く、上位管理職ほどコンセプチュアルスキルの重要性が増すと整理されます。一方、ヒューマンスキルはどの階層でも欠かせません。
ただし、役職名だけで必要スキルを決めるのは避けましょう。同じ課長でも、専門職チームと複数部門を横断するチームでは期待される役割が異なります。実際の責任範囲から必要スキルを定義することが大切です。
育成目標を設定する|SMART・思考の6段階モデル
「提案力を高める」「主体性を身につける」といった抽象的な目標を具体化するには、SMARTと思考の6段階モデルが役立ちます。
SMARTは、目標を複数の観点から確認する方法です。表現にはいくつかの派生形がありますが、George T. Doranが1981年に示した原型は、Specific、Measurable、Assignable、Realistic、Time-relatedでした。現在はAchievableやRelevantなどを当てる場合もあります。
実務では、次の点を確認するとよいでしょう。
- 何ができる状態を目指すのか
- 誰が取り組むのか
- 何を基準に達成を判断するのか
- 現実的に実行できるか
- いつまでに達成するのか
たとえば「3か月以内に、上司の補助なしで標準案件の提案書を作成し、部内チェックの必須項目を満たす」とすれば、観察と評価がしやすくなります。
思考の6段階モデルは、改訂版ブルーム・タキソノミーとして知られる分類を指す場合が一般的です。学習を「記憶する、理解する、応用する、分析する、評価する、創造する」の6段階で捉えます。
知識を説明できるだけでよいのか、実務で使える必要があるのかを明確にすると、研修内容と評価方法をそろえられます。すべてのテーマで最上位の「創造する」を目指す必要はなく、職務に必要な段階を選ぶことが重要です。
学習方法を設計する|70:20:10・経験学習モデル
研修を受けても現場で使われない場合は、学習機会の設計を見直す必要があります。70:20:10と経験学習モデルは、研修外の学びを組み込む際に役立ちます。
70:20:10は、学びの機会をおおむね次の3つに分けて考える概念モデルです。
- 70:業務経験や難しい課題への挑戦
- 20:上司、同僚、メンターなど他者からの学び
- 10:研修や講座などの公式学習
ただし、70・20・10を守るべき固定比率として扱うのは適切ではありません。ATDも、70:20:10は成功した管理職の回顧を基に広まった概念的なモデルであり、厳密な実証比率ではないと指摘しています。安全教育や法令知識など、正式な研修の比重を高めるべきテーマもあります。
経験学習モデルは、経験する、振り返る、考える、次に試すという循環によって学びを深める考え方です。仕事を任せるだけではなく、1on1や日報、レビュー会などで経験を言語化し、次の行動へつなげます。
両者を組み合わせると、「どのような学習機会を用意するか」と「経験からどう学ばせるか」を同時に設計できます。
育成効果を評価する|カークパトリックモデル
研修後のアンケートしか実施していない場合は、カークパトリックモデルで評価の範囲を広げられます。
カークパトリックモデルは、育成施策の評価を次の4段階で整理します。
| レベル | 評価対象 | 確認例 |
|---|---|---|
| 1:反応 | 参加者が有用・関連性のある内容だと感じたか | アンケート、インタビュー |
| 2:学習 | 知識やスキルを習得したか | テスト、演習、実技評価 |
| 3:行動 | 職場で行動が変化したか | 上司観察、行動チェック、成果物 |
| 4:結果 | 組織が目指す結果に近づいたか | 品質、期間、顧客指標など |
公式サイトでは、レベル4の結果から目的を考える重要性も示されています。企画段階で「何を変えるための育成か」を決めておけば、満足度が高いだけの研修になりにくくなります。
ただし、売上や生産性は市場環境や人員配置などの影響も受けます。育成施策との相関が見えても、因果関係をすぐに断定しないようにしましょう。
フレームワークの組み合わせ例
「結局どれを選べばよいのか」と迷う場合は、1つに絞るのではなく、育成工程ごとに役割を分けて組み合わせます。
代表的な組み合わせは次の3つです。
- 新入社員の早期戦力化
- 管理職・次世代リーダーの育成
- OJTの属人化の改善
以下は、使い方を説明するための架空例です。実在企業の導入事例や成果を示すものではありません。
新入社員の早期戦力化
新入社員の育成では、到達目標、学習機会、評価方法をつなげることが重要です。
まずSMARTを使い、「3か月以内に、標準的な問い合わせへマニュアルを参照しながら独力で回答できる」といった目標を設定します。次に70:20:10を参考に、実務練習、先輩の同席・フィードバック、基礎研修を組み合わせます。
最後にカークパトリックモデルを使い、知識テストだけでなく、現場で独力対応できたかまで確認します。満足度、学習、行動を段階的に見ることで、どこに改善余地があるか判断しやすくなります。
管理職・次世代リーダーの育成
管理職育成では、必要スキルの定義と実務経験の設計を組み合わせます。
最初にカッツ理論を使い、対象ポジションに必要なテクニカル、ヒューマン、コンセプチュアルの各スキルを整理します。たとえば、次世代リーダーに部門横断の課題解決を求めるなら、専門知識だけでなく、関係者調整と全体最適の視点が必要です。
そのうえで、プロジェクトへの参加や会議運営などの経験機会を用意します。経験学習モデルに沿って、実施後に事実、判断、結果、次回の改善策を振り返ります。
評価では、カークパトリックモデルの行動レベルを使い、職場での変化を一定期間観察します。研修の受講有無ではなく、実際の役割行動で育成状況を確認できます。
OJTの属人化を改善する
OJTの質が指導者によって変わる場合は、原因分析と到達基準の標準化から始めます。
HPIを使い、教え方だけでなく、業務手順、教材、時間、評価基準、上司の支援に問題がないかを確認します。次にSMARTで、対象者がいつまでに何を一人でできる状態を目指すかを定めます。
70:20:10を参考に、実務、指導者との対話、共通知識を学ぶ研修を組み合わせます。ここで重要なのは、すべての指導を同一にすることではありません。到達基準と確認方法をそろえたうえで、本人の習熟度に応じて支援を調整します。
フレームワークを活用するメリット
「型を使うと人材育成が画一的になるのではないか」と心配する方もいるでしょう。しかし、フレームワークは人を型にはめるものではなく、育成設計の判断基準をそろえるための道具です。
主なメリットは次の3つです。
- 育成の目的と手順を共通言語にできる
- 担当者の経験だけに頼らず設計しやすくなる
- 施策の抜け漏れと課題を確認しやすくなる
それぞれの効果を確認します。
育成の目的と手順を共通言語にできる
フレームワークを使うと、経営、人事、現場が同じ観点で育成を話し合いやすくなります。
人材育成では、「主体性を高めたい」「もっと現場で鍛えたい」といった抽象的な表現が使われがちです。言葉の意味が人によって異なると、期待する行動や評価基準もずれます。
SMARTで目標を具体化し、カークパトリックモデルで評価段階をそろえると、誰が、いつまでに、どの行動を目指すのかを共有できます。会議でフレームワーク名を使うこと自体ではなく、判断項目を共通化できる点がメリットです。
担当者の経験だけに頼らず設計しやすくなる
フレームワークは、育成担当者が交代しても検討の品質を保つ助けになります。
経験豊富な担当者は、過去の知見から必要な施策を直感的に判断できます。一方、その判断根拠が言語化されていないと、後任者は同じように判断できません。
課題分析、目標設定、学習設計、評価の型を残しておけば、担当者は前回の判断を確認できます。個人の勘を完全になくすのではなく、経験から得た知見を組織で再利用できる状態へ変えられます。
施策の抜け漏れと課題を確認しやすくなる
フレームワークを使うと、育成施策のどこに問題があるかを切り分けやすくなります。
たとえば研修後に行動が変わらない場合、次のように分けて確認できます。
- 目標は具体的だったか
- 必要な知識やスキルを習得したか
- 現場で試す機会があったか
- 上司からフィードバックを受けたか
- 行動を妨げる業務環境や制度はなかったか
問題の場所が分かれば、再研修、OJTの見直し、業務手順の改善など、次の施策を選びやすくなります。
導入を形骸化させないための注意点
フレームワークを導入しても、シートを埋めることが目的になると育成成果にはつながりません。
形骸化を防ぐには、次の3点に注意が必要です。
- フレームワークの使用自体を目的にしない
- 1つの型に固執せず課題に応じて組み合わせる
- 研修で解決できない業務・制度上の原因も確認する
実務で起こりやすい失敗と対策を解説します。
フレームワークの使用自体を目的にしない
最も重要なのは、フレームワークを使ったかではなく、育成課題が改善したかを確認することです。
精巧なスキル表や評価シートを作っても、現場で使われなければ意味がありません。項目が多すぎると入力負担が増え、更新されなくなる可能性もあります。
導入時は、対象者と課題を絞りましょう。たとえば、若手営業の独力提案という1つのテーマから始めます。必要な項目だけで試し、運用後に追加・削除する方法が現実的です。
1つの型に固執せず課題に応じて組み合わせる
1つのフレームワークを育成プロセス全体へ無理に適用する必要はありません。
SMARTは目標設定には便利ですが、課題の原因分析や学習機会の設計までは担いません。カークパトリックモデルも評価の枠組みであり、具体的な研修内容を自動的に決めるものではありません。
まず自社の課題が、分析、人材像、目標、学習、評価のどこにあるかを確認します。その工程に合うフレームワークを1〜2個選び、必要に応じて別の型を組み合わせましょう。
研修で解決できない業務・制度上の原因も確認する
人が育たない原因を、本人の能力や研修不足だけに求めないことが重要です。
知識を学んでも、実践する権限がない、上司の支援がない、業務量が多すぎる、評価制度と期待行動が矛盾しているといった環境では、行動は変わりにくくなります。
HPIの考え方を使い、少なくとも次の点を確認してください。
- 必要な情報やツールへアクセスできるか
- 実践する時間と機会があるか
- 上司や指導者が支援できるか
- 期待行動と評価・報酬が矛盾していないか
- 本人が目標と役割を理解しているか
研修以外の原因が見つかった場合は、業務設計、マニュアル、権限、評価制度なども改善対象に含めます。
まとめ
人材育成のフレームワークは、育成課題を整理し、関係者の判断基準をそろえるための道具です。知名度の高いものを一律に導入するのではなく、自社がどの工程で困っているかを確認して選びましょう。
本記事で紹介したフレームワークは、次の5つの用途に分けられます。
- 課題分析:HPI、氷山モデル
- 人材像・スキルの整理:カッツ理論
- 目標設定:SMART、思考の6段階モデル
- 学習設計:70:20:10、経験学習モデル
- 効果測定:カークパトリックモデル
最初から育成体系全体を作り直す必要はありません。まずは対象者と課題を1つに絞り、不足している工程に合うフレームワークを1〜2個試してください。運用結果を確認しながら組み合わせを調整することで、自社に合う育成の仕組みに近づけられます。




